ひーの気まますぎるぶろぐ

不定期更新です。

妖猫遊記

第一話
『小さな命 二つ』


その日は冷たい雨が降っていた。
「ちや、何処までいくの?」
雨宿りしていた烏が人の言葉を発し、赤茶けたボサボサ髪の青年に話し掛ける。
立ち止まり、烏に視線を向けると、『千弥』と呼ばれた男は困ったように笑った。
「ちょっと気になる臭いがするんでね」
そう言い、遠くに見える人里を指差すと、千弥は軽い足取りで再び歩き出した。
腰まで伸びたざんばらな赤茶けた髪の間から、白い獣の耳がひょっこり見える。
金色の瞳が特徴的な少年は、飄々とした態度で歩き続ける。
時折、白い毛の尻尾が着物の裾から見え隠れした。
烏が話しかけても驚かない訳だ、彼も烏も妖怪だ。
大きな葉を傘代わりに揺らして、千弥は珍しく人里近くまで降りて行った。
薄暗い林の中でふと足を止めると、一つの水溜まりが目に入った。
その水溜まりは、あからさまに不自然な色をしていた。
(赤い―。血か?)
目を凝らしてよく見ると、赤の中に、黒と茶色の小さな塊が見えた。
千弥は、ゆっくりとした足取りで塊に近付き、水を含んだ大地に膝をつき、二つの塊をそっと抱き上げた。
「…可哀想に…」
塊は、ぴくりとも動かず、ただ、冷たい。
黒と茶色の塊を抱えたまま、千弥は社に帰った。



里の者に忘れ去られた土地神を祀る社―。そこが千弥の住処だ。
古びた社に入ると灯りを灯し、人里近くの薄暗い林の中で拾った塊を改めて見てみた。
子猫だ。
産まれてまだ間もないのだろう、手のひらにすっぽりと入る程小さい。
よく見ると、余程虐げられたのか、二匹とも傷だらけだ。
目を細めた千弥の表情は悲しそうだった。
「…この世に生を受けながら、何も知らず他人の手に因って朽ちるとは憐れな…」
雨水で濡れた子猫二匹の身体を手拭いで拭くと、千弥は自分の指を噛み切った。
「俺の妖気を命に換えて、もう一度お前さんたちに生を与えよう…」
そう言うと、子猫の口に指を押し当てた。
指を離し暫くすると、茶色の子猫の前足がぴくりと動き出した。遅れて、黒い子猫の口元がもぞもぞと動き出す。
「さあ…もう一度、生をやり直すがいい」
優しい視線を子猫に向け、千弥はそう呟いた。
が。
「あ」
一言洩らすと、自分の額を叩いた。
「…またか…」
千弥の視線の先には、二匹の子猫―いや、小さな『猫又』がすやすやと眠っていた―…。



数日後、野山を駆け回る、元気な茶色の物体がいた。
二つに分かれてしまった尾を除けば、何処にでもいそうなただの子猫にしか見えない。
茶色の塊は、木に爪を立てよじよじと登ろうとして、地面に落ちそうになり、慌て体制を立て直し、無事着地する。
一方、黒い子猫はと言うと―。
「…お前さんも、一緒に遊んできたらどうだい?」
千弥が顔を覗き込み、そう提案するが、黒い子猫は頭を軽く横に振った。
「ちやちやー!!」
そう叫びながら、背中に茶色の子猫がぶつかってきた。
「烏、『しんげつ』って『名前』なんだ!?」
目を輝かせながら、茶色の子猫が楽しそうな声で話し掛ける。
「あたしたちは!?なんて『名前』!?」
聞かれて、ふと千弥は、この子たちに名前を付けてない事に気付いた。
本来あるはずの、『産まれてきた証』がない―…。
成る程、道理で話し掛けにくいワケだ。そんな事を思いつつ、空を仰ぐ。
「…そうだなぁ…」
茶色の子猫に視線を移すと、ふと名前が頭を過り、千弥は思わず呟いた。
「…『律』」
そう呼ぶと、『律』と呼ばれた茶色の子猫は喜び、跳び跳ねるように、また野山に駆けて行った。
その姿を千弥は暫く見守っていたが、黒い子猫の視線に気付くと、彼の頭をおもむろに撫で、『名前』を付けた。
「お前さんは、『織』な?」
「…『織』…」
千弥の付けた名前を復唱すると、『織』と名付けられた子猫は、千弥の手の甲に頭を押し付けるようにすりついた。
「…宜しくな、律、織…」
愛しそうに、千弥が織を見ながら呟いた。
夏の風が心地好い、昼下がりの出来事だった。

不定期で続く



〜あとがきという名の言い訳〜

この話は、ゆうき ひいろのオリキャラ、『おれお』と『りっつ』の過去話になります。
名前ちゃうやんと指摘されそうですが、だって飼い主代わると名前変わるじゃんルールというワケでww(イミフ)
まあ、兎に角、子猫が何故猫又なのか、その理由付けをしたかっただけです!!
この先の展開も。大分出来てるから、後は文に直すだけだしww
拙い文章で申し訳ないですが、少しでも話を楽しんで戴ければ幸いです。

  2011.09.24 ゆうきひいろ