旅立ち
小高い丘に彼女は立っていた。
風が吹き、青緑色の髪を宙に遊ばせ、胸元の大きく開いた服と同じ色の赤いリボンが髪と仲良くダンスを踊る様にふわふわと揺れ動いている。
(心地良い風―)
そっと目を伏せ、風を全身で感じる。
さっきまで彼女の見ていた視線の先には、町があった。
至って普通の―いや、普通でもない。
町の中央に、こじんまりとした城と、雲を貫く程の搭のような物が見える。
―明日、彼女は住み慣れたここを離れるー
その前に、いちごみるくはどうしても会いたい人がいた。
「いちご!!」
名を呼ぶ声がして、振り返ると一人の少年がいた。
一束だけ赤い前髪が印象的な長い銀髪に、白い袖無し服に長ズボン。耳は、猫だろうか。獣のような耳だ。金色の眼は、まっすぐいちごを映している。
慌ててここに来たのだろう。息が弾んでいる。
「メロンくん」
少年の名を呼ぶと、二人は互いに歩み寄り始めた。
暫く歩み寄ると、足を止め視線を合わせた。
その距離は、手を伸ばせば届きそうな程近い。
「…明日、本当に…?」
哀しそうな表情で自分を見るメロンに、いちごみるくは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
「うん、そうだよ?」
「…どうしても?」
「…仕方ないよ」
泣きそうな笑顔でそう答えた彼女に、メロンは俯いた。
「…そうか…」
いちごみるくは彼に背を向けた。
この町からの永久追放―それが、彼女達に与えられた罰だった。
彼女は何も悪くないのに―。
そう頭によぎったが、メロンは決して口には出さない。
「いちご」
少女の名を呼ぶと、少年は彼女を優しく抱き寄せた。
心地よい温もりを感じ合うように、お互い目を伏せ、黙ったまま暫く時が流れた。
「…待ってろ」
不意にメロンが、いちごみるくの耳元で囁く。
驚いて振り向く少女の目には、真剣な眼差しの少年が映っている。
「いつか必ず、そっちへ行くから」
そう言い残すと、少年は離れ、走り去った。
メロンの立ち去った方角を、いちごみるくは暫く見つめていた。
明日は、旅立ちの日―
もう一度、丘の上から町を眺める。
苦楽を共にした仲間に、住み慣れたこの町の全てに彼女は心の中でさよならを告げた。