妖猫遊記
第二話
『織(おり)と 律(りつ)』
人里から離れた、誰からも祀られる事のなくなった社。
今日も元気よく社の扉を開け、茶色の子猫が飛び出した。が。
突然、糸の切れた人形のように、子猫がぴたりと止まった。
「りーつ。どうした?」
一人の青年がそう言いながら近付くと、出入口から一歩も動かない律の顔を覗き込み、それから外に視線をやった。
「…あー…」
見ると、木々がかなりの角度にしなっている。
社に結界を張っていたから、中からでは気付かなかったようだ。
嵐が来ていたのだ。
「こりゃあ、今日は室内で遊んだ方が良さそうだな…」
社の入り口の屋根の下にいても、時々雨飛沫が青年の茶色の髪に落ちる。
白い獣の耳に滴が落ちると、青年は嫌そうに耳を振り動かした。
「ちやぁ…これじゃあ遊びに行くの…」
「無理だな」
ぴしゃりと言い切ると、千弥は律を抱き上げ、社の扉を閉め、奥へと歩き出す。
最初からぴくりとも外に出ようとしなかった黒い子猫が、ふと茶色い兄弟を見た。
千弥は黒い子猫を見て、目を細めひきつった笑顔のまま、眉を吊り上げた。
「おりぃー?何してたのかなー?」
見ると、織の黒い毛に、白い綿埃が付いている。
「…」
気まずそうに黙ったまま、織は視線を逸らした。
「…屋根裏」
ポツリと千弥がそう言うと、織の身体が小さく跳ねた。
「…行ったんだな?」
千弥の言葉に反応して、織の頭がゆっくりと小さく縦に動いた。
「…織…」
小さな黒い身体から埃を払うと、千弥は短く溜め息を吐いた。
「…あのなぁ、織?確かに昨日、屋根裏でガタガタ物音がしたけど、それは俺が後で調べるって言ったハズだろ?どうしても気になるのか?」
「…にゃぁ」
千弥が視線を合わせ諭すと、織は申し訳なさそうに、短く一言だけ鳴いた。そのまま表情は、今にも泣きそうだ。
心配性の織は、どうしても気になったのだろう。屋根裏の侵入者が何者なのか。自分たちに危害を加える気があるのかないのか。
そう思ったら怒る気も失せ、千弥は黙って織の頭を撫でた。
ふと、ある事に千弥が気付く。
「…律?」
さっきまで足下にいたはずの律がいない。
「…まさか!?」
千弥と織は、同時に屋根裏に続く階段に視線を向けた。
不定期で続く